ボードゲーム有志者の会

大阪-京都あたりでボードゲームオフ会を開いています。ゲーム、アートとかいろいろ。

アベンジャーズ エンドゲーム 思いの丈よ

 

こんちわ。

 

全世界を奮わせたアベンジャーズ エンドゲームですが、

公開から1ヶ月経ちましたかね?

 

考察ってほどではないですが、色々書きたくて、やっぱり書きました。

 

まず、自身どうだったかていうと、僕も奮えました。つか、普通に泣きました。すげーよかった。

10年かけた一つの物語をありがとう。って感じです。

 

僕は二回観たんですが、その後に思ったのは三時間越えの作品であるにも関わらず、自分でも驚くぐらい内容ほぼ覚えてたのがびっくりしました笑(めちゃくちゃ記憶力悪いので)

それくらい全てインパクトのある、意味のあるシーンやったんやな・・と。

 

んで、まぁこれだけの人が観ると、涙が枯れるほど泣いた人もいれば、あれ?つまんなかった・・て思う人もたくさんでてくるわけですよね。

当然僕も期待とは違った部分や、まだはてなの部分もありますし、制作サイドの事情もあるわけです。

せっかく公式にネタバレ解禁になったわけなので、たらたら長く書いていこうと思います。

 

 

 

※今までの作品含めて多少ネタバレです

 

 

 

 

アベンジャーズエンドゲームを観て]

 まぁとにかく先に述べた通りです。

二回ともめっちゃおもろかったし奮えたし、泣きました。

とにかく驚き、不意打ちの連続でいちいちこちらをリアクションさせる作りになっていて、多くの人が口にしてましたが、体感時間が早い。

自分は一時間半くらい笑

 

ファンサービスもてんこ盛りで、過去に作ったものに対して、新しい要素を加えてさらに世界観をここまで拡げられるのはMCU(マーベルの映画の世界線)でしか成し得ない事ではないかなぁ。

 

そしてもう一つ思ったのが、マーベルの掲げる「誰だってヒーローになれる」という言葉をとても強く感じました。

正直、この言葉は「そりゃコミック続けるには色んなキャラださなあかんし、聞こえ良いように言うてるだけやろ!」と思ってる部分はたくさんありました。

しかしエンドゲームのクライマックスを観ていると、ほんとに多種多様な人々、男も女も、アーマーを着たり魔法使ったり、騎士みたいなのから異星人からなんやらかんやらが、一つの悪に対して抵抗しているわけですよ。

映像の力は凄い。

なんか変な思いは吹き飛びましたよね。

 

国籍や人種、性別、年なんて関係ない、正しい行いをする気持ちがあれば誰でもヒーローになりうる。

かっこええやん。

 

 そういうしがらみを無くそうっていう意図は作中に描かれてきた「恋愛観」にも見てとれると思います。

ナターシャとバナー(ハルク)は怪物と恐れられるものに対しての愛情であったし、

スターロードとガモーラなどは異星人同士であるし、

ワンダとビジョンに至っては機械生命体?との恋愛、というかビジョンって男女の範疇も微妙ですよね。

 

小耳に挟んだ情報なので、確実かはわかりませんが、MCUで初の同性愛者のヒーローを登場させるそうです。(コミックでは既にカップルもいる)

 

 その「悪に抵抗する」って話ですが、正義とか悪の定義付けって本当に難しいですよね。

 

むしろ、悪役が悪ければ悪いほど、それを倒す者であれば正義のヒーローになるわけです。

そう意味でのサノスというキャラはとても良いキャラやったわけですね。

 

 

 エンドゲームの前哨戦として、インフィニティ・ウォーがありました。

あの公開当初で巻き起こったのが、「サノスは悪なのか?」という論争です。

 

サノスの言い分は

  宇宙だって資源は無限でないので、各星の(繁栄している?)生命を半分にすることでリセットを行って滅亡の危機を救ってる。

 実際母星のタイタンはとても文明も進み豊かだったが、そのせいで滅んでしまった。

 ガモーラの星では粛清を行ったことで、現在は豊かな暮らしとなっている。

 大義の為に行っているので、男女など関係なく平等に半分殺す。

 

てな感じです。

 

そんで結果、ヒーロー達はぼこぼこにされ、サノスはインフィニティ・ストーンを全て手に入れ、生命の半分を消し去りましたね。

 

この時、サノスの行いが悪だとは言い切れないな・・と思った人も多くでてきました。制作側の狙い通りです。

宇宙視点でみればサノスこそヒーローなんじないか?と

 

この戦いでヒーロー達は大きな敗北感を味わいます。

サノスの大義が勝ったわけです。

 

では、ヒーロー側の大義とはなんなんだ?ってことですが。

おそらく彼らは、「誰かを守るために誰かを犠牲にするということは絶対にあってはならい」というスタンスなんだと思います。

大きくいってしまえば「全て皆で守る。」ってことです。

 

実はこの考え方には本当にいつももやもやさせられるところがあって、1人誰かが捕まったとして、「ほっとけねぇだろ!!皆でいくぞ!!」といってそいつは救出できたけど、結果めちゃくちゃ被害出てる。

って展開とか本末転倒やんけ!!と思っちゃてました。

アメリカの映画ではありがちじゃないですか?

 

インフィニティ・ウォーでヒーロー達が敗北した原因は、大義が同じであってもその方法が一致せずに団結できないままサノスとの戦闘に入った故の結果なんだろうと思います。

 

その事についてはもう少し前のシビル・ウォーで決定的な衝突となるわけですが、この問題はいつからかずっと続いていた問題ですよね。

どう脅威から人々を守るか?

 

トニー(アイアンマン)とロジャース(キャプテンアメリカ)で分けるとするなら、

トニーは「自由を多少制限してでも、徹底的な統率で完璧に守る方法をとろう」

ロジャースは「ヒーローも含めて個人の自由も守らなければならない」

みたいな感じだと思います。

 

結果エンドゲームではトニーがずっと変わらないロジャースに折れて協力するみたいな感じですかね・・

キャプテンは頑固者ですね。

 

主張は違えど本筋とする「全て守る」っていうのは凄く「理想論」というか「綺麗事」に思えますよね。実際上手くいくかよ!って。

結果的にインフィニティ・ウォーからのエンドゲームにしてもそれが成されたかと言えば、ヴィジョン守るため大勢を巻き込んで時間稼いだり、ナターシャやトニーは・・皆まで言うなです。全て上手くいったとは言えないですね。

でも、それでも、特別な力をもったヒーロー達だからこそ、この途方もない理想論を持って活動していかなければならないのかな。とも思いました。

大いなる力には大いなる責任が伴う。

 

どこかの伯父さんが教えてくれましたが、まさにこの言葉はそういう理念を説きたかったのかと思いました。

 

 話しは戻って、サノスは悪か?ですが笑

どちらにせよ、悪者ではあるでしょ!

 

エンドゲームの最後にはもうやっとやばい奴発言してくれたので、皆ほっとしてぶっ倒せましたが、その前の意識高い系サノスの言い分もとっても極端で無責任ですよ。

 

平等さを重視するサノスは無差別に半分殺します。でもそれって、その星(または宇宙)を別の方法で救うことができるかもしれなかった少数さえも殺してる可能性があって

それをされた星の人々からしたらたまったもんじゃないですよね。

んで、「ほら、生き残るためにはしかたなかったよ。あとはお前ら次第」とか言われても、「はぁぁぁあ?!!?」ってなりますよ笑

 

指パッチンで生命の半分を消す行動だって、列車の運転手が消えればその列車の事故でさらに被害がでるだろうし、高速道路も事故事故事故で、もうめちゃくちゃ!!!

 

んでさぁ、生命半分したとこで、あんた満足そうに引退したけど長い目でみたらまた平和だったら人口増えて元戻りますやろ?

そんときの次の後継者とかはいいんですかね??

 

結局自己満なんだよお前の大義は!!!!!!

 

 

そういうわけですよ。

 

それと比べれば、たしかに矛盾はあるけど、可能性を探しながら全てを救う為に戦うヒーロー達は、やっぱりサノスさんよりは正しき行いなんじゃないでしょうか。

 

 

ほんとうはまだまだ

インフィニティ・ウォー1回目は「なんだこれ?」って感じだったけど、2回目観たら「あーなるほど・・ふむ」ってなったよ。とか

エンドゲームはビッグ3のお話だったね!とかいろいろ、色々・・・・・

てか、それがブログのメインになるつもりだったんですが・・

すっごく長くなりそうで永遠にこのブログを放出できなくなりそうなので、もうサノスばかたれ!ってことで、終わりにしたいと思います。

 

お知り合いはまた直接お話しできたらな、と思います。

 

あ、解釈等間違ってたらごめんなさいね~

笑ってやってください。

 

ではな!はるみだ!


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